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2019.09.07

南大沢を歩いてみると 2 その8

最近このブログを見るようになった方もいるので、お知らせです。

このブログ「南大沢季節便り」のほかに「南大沢昆虫便り」というブログもあり、またその上に「南大沢の自然」というホームページで展覧会案内等も載せております。

どちらも頻繁に更新しているわけではないのですが、それらもよろしくお願いいたします。

 

 

今日の写真はこれです。

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前回の記事の小林さんではないですが、この写真で2時間は話せますね!!

 

これは、別所にあるせせらぎ橋という歩道橋です。

さて、この写真は何を言いたくて撮ったものでしょうか?

 

思ったように撮れなくて何日も通って撮ったものですが、これでも全然満足出来ないものです。

 

一目で「何これ!!」と思われる写真を狙ったのですが、難しい。

 

本当は、もう少し上から下の道路をもっとはっきりと入れたかったのでドローンで撮りたいところでしたが、大きな三脚を一番伸ばしてエレベーターも伸ばしてそれを手で高く持ち上げて、レンズも一番ワイドのもので撮影したものです。

 

実は、下を通っている道路からではただの歩道橋にしか見えないのですが、このように水路があり、道路の上を通る川が流れている歩道橋なのです。

道路の上を川が流れてわたっていくというのはなかなか他ではないですね。

 

 

これは、長池公園から流れ出たせせらぎで、長池公園の保全ゾーン内の長池を水源として築池に流れ、そこから姿池で長池見附橋をくぐり、せせらぎ緑道となって1kmほどニュータウンの住宅街を抜けてこのせせらぎ橋となり、更に京王堀之内駅近くまで流れているのです。

 

長池は浄瑠璃姫の伝説があるという古い池。

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そこから小川が流れだし、大きな築池になる。

昔は農業用のため池だった。

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そして斜面を下って、ニュータウンの工事で造られた姿池に流れ、長池見附橋の下を通る。

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更にせせらぎ緑道となり、両側にマンションや住宅があるとは思えない流れを下る。

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そして、一番最初の写真のせせらぎ橋になる。

 

築池は、大雨の時の一時的な貯水の役割もある。

それでも今日のようなゲリラ豪雨で、全ての水がこのせせらぎに流れたら大変な水害になるので、その時は地下排水溝に流す。

ということは、せせらぎなどなくても水路としては困らない。

ところがニュータウン開発の頃、昔大栗川まで小川が流れてように何とか流れを残したいと公団で尽力した人がいて出来た、と何かで読んだことがある。

しかし、今回調べてもどうしてもどこで読んだのかわからなかった。

開発以前の小川は大きく違うでしょうが、それでもこのせせらぎを残したことで、貴重な動植物のすみかになっているようだ。

 

このニュータウン開発時の写真の、中央の蛇行している場所がせせらぎ緑道になる。

見附橋は移築されて数年、造成地はこれから住宅やマンションになるところだ。

この写真の左方向にせせらぎ橋が作られた。

(長池公園自然館の「四谷見附橋再建工事誌」より借用)

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更にさかのぼると、こんな写真が出てきた。

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中央やや左上の小さな池が長池、中央下の池が築池、築池から長池につながる道が今の長池の道。

その右が今の中央園路になる。

この写真は、パルテノン多摩のアーカイブスから借用しました。

 

自分の住んでいるところが、以前はどんなところだったのかを調べるのは大変面白い。

次回はさらに時代をさかのぼってみます。

 

 

 

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旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

前回の小林さんの講演会の続編とも言うべきアカデミックな本日のブログ、興味深く拝見し感銘を受けました。初めてせせらぎ橋を渡った時本当に不思議な感慨を覚えましたが、この度開発の歴史・経過そして公団の何方かの計らいで流れが残されたことを知ることができました。この界隈の見事な景観の原点を知りました。素敵な写真が効果的に添えられ理解しやすく学習させて頂きました。続々編ますます期待が深まります。ありがとうございました。

 この記事を拝見し、疑問が解けました。地下排水溝があったのですね。せせらぎ橋は通った事があり、この橋の姿は知っておりましたが、水は絶えず流れているのだし、工事中はどうしていたのだろうかと素朴な疑問がありました。人工的な景観を造り出すには何段階も目に見えない努力があったのでしょうね。

 素敵な景観です。

Kamiyugi−Sugiさん、こんにちは。

この写真を載せるだけでなくて、経緯も載せたいと思い、以前読んだ記録をなんとか探そうとしたのですが、どうしてもわかりませんでした。そこで、簡単な説明になってしまいました。

経緯など知らなくても、なんの不自由もなく生活出来るのですが、知ると余計に周りのことにも興味が出てきます。
きっとそういう人もいると思って書いています。
今後ともよろしくお願い致します。

由木の住人さん、こんにちは。

築池から姿池に斜めに降りた所や、築池の中にも水位を減らす排水が出来るようになっているようです。
いずれにしろ、排水対策がきちんと出来ていないと、今のゲリラ豪雨は脅威ですね。

一枚めの写真、何これ?!と思いましたよ。
せせらぎ緑道はこの間初めてじっくり歩いたのですが
その先にこの歩道橋があったのですね。
三脚を伸ばしてさらに手で持ち上げて… という撮影もすごいです。

地下排水や開発の仕方など、さまざまな環境を守る工夫がされているのに驚きました。

noriさん、こんにちは。

この間、せせらぎを歩きましたか。
アオサナエのヤゴがいるのではと思っていますが。

これは、三脚を持ち上げて、インターバル撮影で何枚も撮っています。
以前は、はるか上にいるミドリシジミを、竹の棒に自撮り棒をガムテープでつけて撮ったこともありますよ。

こんにちは。初めてここを通った時は驚きました。上手く水路が作られていますよね。昔の写真と見比べるのはとても興味深いですね。

多摩NTの住人さん、こんばんは。

下の道路ばかり通っていて、初めてこの歩道橋を通った時は、ビックリしました。
でも色々と考えてありますね。

水の流れる陸橋には色々ストーリーがあったのですね。
Googlemapで航空写真で位置関係が再確認できました。
今度バイクを止めて眼でも確認します。
我が家に、古い首都大近辺の航空写真があります(都立大パンフ)。
あたり一帯茶色い土ばかり。開拓地って感じです。

緑の惑星人さん、こんばんは。

昔は、緑の山がいっぱいの東京で一番不便なところ。
京王線と小田急線が、橋本と唐木田まで通らない時は、多摩地区で一番電車の駅まで遠いところでした。
それから、開拓地風になって、今ですね。

いろいろな意味で、多摩ニュータウンはまだまだ知られていない経過がありますね。

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